MIFJ Newsletter - Week 34, 2025

vol.7 9,000万円のコーヒーが映す、業界の危険信号

『MIFJ’s Newsletter』は、毎週お届けするコーヒー業界のニュースレターです。

世界の動きや現場の声を手がかりに、成功を共謀するための問いと視点をお届けします。


Insights of the Week

ミームコイン化するコーヒー

先日、「ベスト・オブ・パナマ」のオークションでまた新たな記録が生まれました。Hacienda La Esmeraldaのロットが1kgあたり3万200ドル(約450万円)、合計20kgで60万4,000ドル(約9,000万円)という驚異的な価格で落札されたのです。落札者は、設立わずか7日のドバイの企業。背後にはトルコの資金力ある投資家たちがいました。表向きは、目覚ましい成果です。しかしその実態は、コーヒー業界における後期資本主義の典型的な姿と言えるでしょう。ここでの価格は、単に品質だけでなく、むしろ見世物、ステータス、そしてPRのためのものなのです。このパターンは、ドバイや世界の主要都市でこれまでも目にしてきました。潤沢な資金をもつ新規参入者が、初日から世間の注目をさらうために派手な買い物を仕掛ける構図です。

今回の落札をめぐる反応は大きく割れました。一部の業界関係者は最高級品の勝利と称賛し、市場の頂点がさらに上昇できる証だと受け止めました。しかし多くの人々は懸念を抱きました。極端な両端――低価格のコモディティと超高級のハイエンド――ばかりが注目と資源を集める一方で、中間層の小中規模生産者や独立系ロースター、そしてそれらをつなぐ事業は、統合や閉業によって次々と削られているからです。

この動きは、他の業界のトレンドを映し出しています。ミームコインや限定版のLabubuフィギュアを買うのと同じようなものです。その価値は、実用性や本質的な品質よりも、希少性、話題性(ハイプ)、そして「最も高価な」「最もレアな」ものを所有することによる社会的資本によって動かされています。いずれのケースでも、その購買行為は「アテンション・エコノミー」の一部となります。そこでは、実体よりもイメージが先行し、モデルそのものに不安定さと脆さが内包されているのです。

ハイプに依存する危うさ

また、これは他の生産者の間に、ある種のゴールドラッシュ的な熱狂を生み出します。彼らはこうした記録を見て、「自分にもできるかもしれない」と考えるのです。しかし歴史が示すように、ゴールドラッシュで確実に儲けるのは、金を掘る人々ではなく、彼らにシャベルを売る人々です。この「シャベルを売る人々」にあたるのは、品評会の主催者、プラットフォーム、コンサルタント、マーケティング会社、そしてその話題性から利益を得るバイヤーたちです。この夢を追いかけるほとんどの生産者にとって、その道のりはコストも時間もかかり、一攫千金の可能性は限りなくゼロに近いのです。

このような話題性の上に築かれたビジネスは、別の問題にも直面します。一度大きな注目が薄れると、存在感を保つために自分たちを上回り続けなければならないのです。それはコストのかかるハイリスクなゲームであり、コーヒー業界でそれに手を出した者のほとんどは、やがて姿を消します。そして、彼らが消える前には、「新参者についていかなければ」と競争を強いられた地域のビジネスに、大きなダメージを与えているのです。

今回の記録は、一部の人にとっては勝利でしょう(Hacienda La Esmeraldaのチームには心からの祝意を送ります)。けれど業界全体にとっては、現状を注視すべき重要なサインです。見世物をサステナビリティより優先するほどに、コーヒーの供給網は不安定になり、「スペシャルティコーヒー」という産業を築き上げてきた努力はどんどん覆い隠されてしまう。

これは危険信号です。そろそろ目を覚ますとき。今のままでは、壁に突っ込む未来が待っています。

Peace, Love, and Peanut Butter
Lee


Biweekly Feature -1st Angela Barrero

コーヒーを救う黒い魔法?バイオチャーの可能性


気候の不安定さや水不足が、いまコーヒー農園を直撃しています。本シリーズでは、リジェネラティブ農業の現場で注目される“黒い炭”=バイオチャーを取り上げ、その可能性を探っていきます。

シリーズの各エピソードはこちら:

  1. リジェネラティブ農業でコーヒー供給を安定化する

  2. コーヒー農家を追い詰める水の不安定性

  3. エルニーニョにもラニーニャにも負けない土壌づくり

  4. コーヒーを育てるのは、これからもっと難しくなる?

  5. バイオチャーづくりの基本


誰のメモ帳にもある、“ずっと居座ってるタスク”

重要だけど緊急じゃないこと。自己投資とか、新しい企画とか、大切な人と過ごす時間とか。大事なのは分かってるのに、つい目の前の「重要かつ緊急」なことに押し流されて、気づけば後回しにしてしまう。私のメモ帳にも、そんな“塩漬けタスク”が半年以上も居座っている。

でも、それって本当に「緊急じゃない」のだろうか?

ハリケーンや雹害で一瞬にして収穫を失うコーヒー農園。突然の出来事で儚く散ってしまう命。そんな抗いようのない現実を目にするとき、「いつかやろう」と思っていることが、実は“見えない締め切り”に追われているんじゃないかと感じる。

今週配信したAngelaのポッドキャストシリーズで、リジェネラティブ農業についての話を聞いたときも同じことを思った。伝統的な農法から移行するには覚悟と忍耐が必要で、一朝一夕にできることではない。木や土壌、微生物と真剣に向き合わなくてはいけないし、セーフティネットのない中で挑む生産者の姿には本当に頭が下がる。「そこまで大変なら、変えなくてもいいんじゃないか」という声もあるだろう。でも従来の農法に固執すれば、すでに疲弊している生産者も土壌も、気候変動や地政学リスク、経済の波に耐えられない。だからリジェネラティブ農業は、「重要」なだけでなく「緊急」でもあるのだ。

もちろん、自分のタスクと同列に語るのはおこがましい。けれど、比べることで身が引き締まる。私が「緊急じゃない」と思って先延ばしにしていることも、放っておけばいずれ“本物の緊急事態”になって返ってくるのかもしれない。

夏真っ盛りの早朝、コーヒーを片手にタスクリストを見直しながら、そんなことを考えていた。

Peace, Love, and Peanut Butter
Keisuke


このニュースレターは、9月末までをプレリリース期間とし、日本のコーヒーコミュニティの皆さんからの反応やフィードバックを集めています。もし少しでも価値を感じていただけたら、ぜひお友達やお知り合いにもシェアしてください。今後の取り組みの方向性を考えるうえで、皆さんの声がとても大切です。ご意見やご質問があれば、Instagramやメールでいつでもお寄せください。